梅原真デザイン事務所 - UMEBARA DESIGN OFFICE
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84プロジェクト

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高知県のアイデンティティーは
「はちよん」じゃないの?

池田

梅原さん、失敗例はないんですか。

梅原

よく聞かれるけど、そういう時は「はちよんプロジェクト」を失敗例に出そうかと思うぐらい、まだうまくいってないね。俺の判断としては。

池田

えっ、そうなんですか。2009年8月4日、当時の麻生政権がバラまいた定額給付金12000円を使って、梅原さんが立ち上げたプロジェクトです。うまくいっていない理由はなんですか。

梅原

それは10年前に自分が描いた構想にまったくたどり着けていないという意味やで。最初に俺が描いた構想は、高知県のアイデンティティーは何? それは84%の日本一の森林率でしょ。良くも悪くも高知県の個性であり、ここに背を向けて私たちのアイデンティティーはないんじゃないですか?という、行政への問いかけと提案だった。林業が衰退して、ややネガティブな要素を持っている森林がお金を生まない存在になっちゃって、山に背を向けていますよね。海を向いたらカツオがなんとなく産業を作って稼いでくれる。しかし、背中は稼がない。だから一旦置いておこうかみたいな感じがしている。でも実はカツオだって35年前はジリ貧だった。まっ、そこでちょっと自分を自慢しようとしているわけやけど。

池田

どうぞ、どうぞ(笑)

梅原

ある人がそのジリ貧の産業に目を向けたために、今は藁焼きタタキが高知の観光コンテンツの一番になっている。ある人とは「漁師が釣って漁師が焼いた」の明神宏幸よ。けれど、森林にはそうやって強烈なパワーで目を向ける“ある人”がいない。森林にヴィジョンがないと思っている。
俺も海のことは一旦やった。そして、うまくいった。本来ならば森林のほうから相談があって、森林のことをやるべきじゃないのか。この大きな森を背景に高知県は生きていて、産業は小さい。しかし、環境、CO2を吸収する森は日本一ようけあるんやぞぉ!!というのはアイデンティティーじゃないのか。そのアイデンティティーをシンボルにして「はちよん」というブランディングをしたい。高知の森にスイッチを入れた84。そこをやりたかったのが10年前のスタートです。

池田

梅原さんは「アイデンティティー」ということばをよく口にします。

梅原

アイデンティティというのは、コトを動かしていくよね。「ないものはない」も島のアイデンティティー、「漁師が釣って漁師が焼いた」もアイデンティティー。そのアイデンティティーが見えた時にコミュニケーションが始まる。高知県の森林はコミュニケーションをしていないです。
たとえば、県産材と呼んでいることもその一つ。各県どこも岐阜県産材とか、長野県産材、秋田県産材、高知県産材というふうに順列を合わせている。全国みんな同じボリュームでしかない。でも「はちよん材」と言ったらどうですか。とたんにコミュニケーションが始まるんじゃないの?

池田

ちなみに84は、はちよーん。ゆるいロゴマークもありますね。

梅原

そのほうが行政にわかりやすいかなと思って作ったんやけどな。要するに「高知県がアイデンティティーを持たんかい!」ということを思った時に、高知県の森林政策課は「はちよん政策課」である、そこをスタートとして本当に真剣に森に向かい合う課ができるのではないか。日本一の森林率があるから、そこに向かう政策であり、「はちよん」というのはそういうことをメッセージできるワードになるのではないかーということで、実は高知県に対するプレゼンテーションだったんです。
高知県のネガティブ要素である森林を「はちよん材」と呼んで楽しむ。高知県林業大学は「84高知県立林業大学」とアタマに付ける。これだけで俺たちのアイデンティティーを高知家キャンペーンほどのお金を使わずにPRできるんじゃないの? だから、デザインもどちらかというと行政が使いやすいようにセットしてある。まっ、そういうことです。

池田

なのに、まだ民間でやっている。そこが今のところ失敗例だと。

梅原

そのへんのズレがありますね。実は前知事に話を聞いてもらったことがある。でも、きちんとした公式の場ではなかったし、なんというか不幸な出会いに終わった。じゃあ、民間でやろう。そうなった。そこから始まった四苦八苦よ。
こちらも別に頼まれたわけではない。自分がやっていること、あるいは行政が受け取らないということなどが、ぐちゃぐちゃとそこにあり、年に1度、はちよん会議を開くことによって、「はちよん」というものが、いつか、そこにみんなのアイデンティティーとなって、一つの意味を持つだろう、本質的なところはロングで意味を持つだろうと思いながらの10年よ。馬路村農協の東谷さんにも「梅ちゃん、何がしたいが?」って、よく聞かれた。

池田

なんか、梅原さんのうまくいかない話を聞くって楽しいですね(笑)

梅原

やっている限りはまだ失敗かどうかはわからんからね。

本質的なものはやがて花開く

池田

この活動を遠巻きに眺めながら一番驚いたのは、梅原さんが苦手や不得意を越えて、プロジェクトに参加してくれる人たちとチームとして歩き始めたことでした。

梅原

そりゃ、個人のチカラのほうが絶対ある。グループになる、あるいはチームでやる、仲良しチームではやれん。本当に腹を括った人がエネルギーをかけ、こちらもクライアントと同等のエネルギーでコトをすすめれば、そこはうまくいく。逆に相手より俺のほうがエネルギーを超えたらうまくいかない。俺よりも強いパワーを持ったクライアントでなければうまくいかない。その理論はほとんど合っていると思う。
だけど、この件に関しては「うまくいっていない森林をなんとかせにゃいかん」と、俺から勝手に発動した政策の提案です。高知県のアイデンティティーの問題を「あいつ、あかん」「あいつ、違う」「あいつ、嫌い」と言っていたら、進む問題ではない。そこは自分を譲らんと、うまくいかない。と、俺、初めて思ったんちゃうかな(笑)それと人の問題、マネージメントが得意でないこと、いわゆる人を運営していくのがとても苦手だということも分かった。そっちの才能はないな。

池田

その苦悩する梅原さんをしっかり見ていた人がいました。

梅原

「第1回はちよん会議」を高知市の牧野植物園で開いた時に、終わった後、出口で来場者に「ありがとうございました」と挨拶している俺を見ていた人が、違和感を持って300万円を寄付してくれた(笑)。その時、その俺を見てくれていたのがフタガミグループの二神会長と顧問の山崎さん。その寄付金で今まで運営して来たんやで。はちよん事務局の84ハコハウスを建てる場所も提供してもらうなど、以来、ずっと応援してくれています。

池田

逆に梅原さんは人をどう見ているのですか。

梅原

ほら、俺、「あかんやんかマン」やから、基本的にネガティブに思っているやろね。あらゆる事象に対してネガティブに入っていく。そこで、あかんやんか!と言っているけれど、アウトプットの出口を見つけて、その出口に出ようやという大きなベクトルとちゃうかな。一旦、それ、あかんのとちゃうか、こんなにせにゃあかんのやないか。あかんやんかだけで、人を罵倒しているだけじゃない。あかんやんかの答えは、同時に持っていないとあかん。

池田

なかなか思うように進まない中で、それでも辞めずに続けてきたのはなぜ?

梅原

本質的なものは、いつかは花開く!! 花開くってさ、他人事のようなことばだけど、どちらかというと普段の仕事よりもやや、そういうモードに入っているな。やがて花開くと、人に言っているようなイメージ。だから、そこがちょっと緩いのかもしれん。これ、やらんとメシ食えんと思わへんし、なんで高知県はわからないの?やがて花開くのにーと思い続けているだけ。

自伐より、小さな林業のほうがステキやんか。

池田

この10年の中で「自伐型林業」との出会いも大きかったのではないですか。お互いに新しい切り口との出会いでもあったかと。

梅原

森林の考え方として「自伐型林業」というのがあって、代表の中島健蔵さんの林業に対する考え方が明解なんよ。俺はパワーこそ信頼できる一つの要素だと思っているので、エネルギーありき。俺はクライアントにエネルギーがないと仕事はしないけど、やや、それに近いパワーを持ったやね。自由は土佐の山間より、林業のイノベーションは土佐の山間よりということで、林業に対して曖昧な答えではなく、とりあえずエッジの効いた、はっきりした考え方があるので、この人と組んで一緒にやろうと。

池田

梅原さんと中島さん、異分子同士の面白さがありますよね。

梅原

彼はなかなかタイトな人間で、俺よりももっとタイトでハードや。だから逆に俺のほうが「それはあかんで」と、ソフトになっちゃっているけど、森林に対して何か自分のエネルギーを費やして「なんとかせにゃいかん」と考えていることは一緒で、その方向は間違っていない。
ただ、俺はこの「自伐型林業推進協会」というネーミングが嫌いなんよ。自伐というコトバ自体があまりにも自己中心的な響きを持っているやんか。「おまえ、そんな専門用語やったらな、世の中の誰もが賛同せえへんぞ。旋盤と近いものが自伐であって世の中に流通しないコトバを使って、そのインパクトがあるということは、この場合はない。だから小さな林業推進協会にせえや」「わかった」となった。ただ、今はまだ過渡期なので(小さな林業推進協会)と、まだカッコ付きやけど、小さな林業のほうがステキやんか。

池田

そこにデザインがあります。

梅原

俺はことばを使ってデザインしています。コミュニケーションの大きいパイプがあるものの方が、この場合はいいんじゃない?自伐という職人のような現場のことばで好感を持つ場合もあるけれど、実はそこに大きなコミュニケーションを生まないと、どんなものも成功しない。小さな林業の方ほうが全体を動かせるんじゃない?自伐というものの意味のわからないところを解釈解説しながら通訳するようなアニメを作り、会話も重ねながらやってきたけど、まだまだプロデュースせにゃあかんなと思っている。

ローカルSDGsの時代へ

池田

その四苦八苦を越えて、2020年度環境省地域循環共生圏づくりプラットホーム事業に選ばれ、いよいよ、はちよんプロジェクトが大きく動き始めたという感じです。

梅原

はちよん10年、今まで実体がなかったけれど、ようやく動き始めた。実体ができた。昨年(2020年)の8月に、はちよんプロジェクトが「環境省地域循環共生圏プラットホーム事業」に採択されたことで、新しい広がりが生まれつつある。昨年12月の「84会議」では、新規参加団体も加わって24団体と一気に膨らんだ。海や山や川など、さまざまなフィールドで活動している多様な団体が集まってくれて、そこにSDGsという考え方も寄り添ってきた。そうやね。森林というのは多岐に渡っているので、高知県の全面にあるもので、心も全面にしないとうまくいかんやろ。この広い面積のところにはいろんな人が住んでいるのでね。アイデンティティーを持ったうえで、いろんな人たちのハートも受け入れていくような親しみのある「はちよんプロジェクト」でないとあかん。自分の考え方を少しチェンジせにゃあかん場面やね。今は裾野を広げるよりも「はちよん」をてっぺんのアイデンティティーにどーんと掲げたい。高知県の森林率84%をブランドにするために、そろそろブランディングに入ろうかとなと思っている。

池田

新聞ばっぐしかり、梅原さんの仕事はSDGsにつながっていきますね。

梅原

ここで言っておかないといけないのはSDGsという価値観。2015年に国連で採択されたもので、地球市民の切実な17カテゴリー169項目の問題に、まことにそうやなという感じがあって、これは私たち自身のことなんだと体感しているのではないかとも思う。12番目の目標「つくる責任・つかう責任」をはじめ、 はちよんプロジェクトとSDGsとのつながりが時代的に出てきたことも大きい。社会構造のプラットホームになりつつありますよね。
すでに高知県自体がローカルSDGsやんか。84%もある森の国なんやからさ。山をどうするか、木はどうしていこう。SDGsを知らなくても、俺らは10年前からやってきた訳で、自分たちの取り組みにやっと世界がついてきた。俺としては、SDGsの延長線上にスパークするものがある。その部分もあって今回、さらにはっきりとチームの顔が見えてきたし、編集されてきたのかなと思う。ここからや。

池田

その方法は?

梅原

この前、フタガミグループの二神さんがうちの事務所にきました。あっ、フタガミグループというのは高知県だけでホームセンターや住宅など、家を中心に13社を展開している企業なんやけど、そこの住宅部門で建てる家はね、すべて、はちよん材なんです。最近、リフォームで経年劣化で解体することも多く、今までは廃材、古材として捨てていたけれど、その材もはちよん材なわけで、これからそれを「84はざい」として1本100円ぐらいで売ってもいいかという相談だった。おもしろいアイデアですよね。
土佐市にある戸田商行は、ヒノキを削って作ったクッション材「木毛(もくめん)」を作っていて、日本に1つしか残っていない会社です。馬路村農協は「はちよん ギフト」を作っている。これをブランディングできないか。これが俺がやりたかったこと。これからは「84%をブランディングする、はちよんプロジェクト」でええんちゃうか。

池田

そろそろ花開きそうな感じがしませんか。

梅原

今は70%あたりかな。一挙に花開かさなあかんなと思っている。